新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックの影響を強く受け、大幅な減収減益となった2021年3月期。そこから2年間、私たちはさまざまなトライを続けてきました。
その甲斐もあって2023年3月期の業績(連結)は、丸亀製麺だけでなく国内外のさまざまな業態の健闘により、売上収益188,320百万円、営業利益7,466百万円、親会社に帰属する当期利益で3,827百万円となりました。これまでの丸亀製麺の成長に加え、新しい力強い息吹が吹き出しそうな予感を感じることができる1年となりました。
海外事業においては利益面での課題もありますが、台湾や香港など成長ステージに入ってきた地域も出てきていますので、今後も地域の特性や課題にしっかりと向き合い海外事業の改善へ取り組んでいきたいと考えています。
私たちは、2022年11月に会社の“根幹”となる「ミッション、ビジョン」を改訂し、私たちがめざす未来として新たなスローガンを策定しました。また、私たちが成長し続けていくために大切にしてきたフィロソフィーを「成長哲学」として定義し、すべての従業員にこれらの理解と浸透を促すべく積極的に取り組んでいます。
新型コロナウイルスの拡大は、世界中の人々のライフスタイルや価値観を大きく変えました。加えて、地政学的なリスクの高まりや、エネルギーや食材等の高騰、慢性的な人手不足と人件費の高騰など、経営を取り巻く環境は厳しさを増しており、創業して38年、さまざまな危機を経験してきましたが、私自身ここまで八方塞がりであることを感じたのは初めての経験でした。
そのような環境下で、フードテックやDXによる省人化や効率化が脚光を浴び、連日のようにメディアを賑やかしています。経営者として、テクノロジーで課題を解決することは正しい流れであると思う反面、われわれがその流れに乗って「安易に省人化や効率化に舵を切ってはいけないのではないか」と考えるようになりました。
国内だけでも3万人いる多くの仲間たちが、こういった社会の不確実性の中にすべてを解決するかのようなテクノロジー等のニュースに触れることで、私たちの強みをスポイルしてしまう効率至上主義のような思想や考え方が入ってきてしまう可能性を懸念するようになりました。
規模が拡大し続けるトリドールであるからこそ、今一度「なぜお客さまは私たちを評価くださっているのか」「ここまで応援いただいた理由は何なのか」を振り返り、私たちが決してブレてはいけない、会社の“根幹”を全員が共有することが大事であると思い、ミッションステートメントの再定義や新たな策定を行うに至りました。
私の揺るがない想いは、創業時代の「お客さまが来ない」という“原体験”にあります。1985年に焼鳥居酒屋「トリドール三番館」という8坪の小さな焼き鳥のお店を兵庫県加古川市に開業しましたが、当初はお客さまが全く来てくれない状況が続きました。そこで、お客さまが求め、かつ他のお店がやっていないこと(隙間)を探し、試行錯誤を繰り返しながらお店を継続させていきました。
この「お客さまは来ないもの」という原体験が、私たちのビジネスの原点であり、「顧客創造」こそが私たちに課せられた最優先課題であるという想いは今日も変わっていません。
外食チェーン業界は、“規模の経済”とも考えられ、「お客さまが来る」ことを前提として、さまざまな世界観を作り出します。セントラルキッチンによる安定した品質と供給体制や、店舗サービスの均一化による効率化等を図り、生産性を高めていくことで、成功を収めたケースもありました。すべてを否定するわけではないですが、私たちは、これを業態の「同質化」と捉え、行末は「価格競争」に陥りやすいと考えました。これでは長期的に誰も幸せにしません。
だから、私たちは「お客さまは来ないもの」として考え、1店1店の魅力を高めることで顧客を創造していき、結果的にスケールさせていく道を選びました。
「トリドール三番館」は姿形を変えながら、徐々に繁盛店になっていきました。しかし、業績の好調さとは裏腹に、私の中には常にレッドオーシャンに巻き込まれる不安がありました。新たなアイデアや施策は短期的には効果が出ますが、ライバル店もすぐに真似することが可能です。私たちには、他者が真似することができない“圧倒的な差別化”が必要だと強く感じていました。
そのような時に出会ったのが、香川県にある讃岐うどんの製麺所でした。日本の外食産業(市場規模30兆円)のピークが1997年であり、私が初めて製麺所に訪れた1998年には、すでにうどんの専門店やチェーン店があり、うどん自体もファミリーレストランや、高速道路のサービスエリア、街のちょっとした食堂など日本中どこでも食べられる状態でした。そういった中でその香川県の製麺所には、県外から多くの人たちが訪れ、連日長い行列を作っていました。その製麺所には、わざわざ訪れたい、並んででも食べたいと思わせる圧倒的な魅力があったのです。来店者をよく見れば、うどんを「食べること」だけを目的にしておらず、むしろ製麺所の雰囲気、うどんが作られるまでの工程を含めた「体験そのもの」に魅了されていたのだと気
が付きました。私自身も製麺所に魅了されたと同時に、圧倒的な差別化を作り出すヒントを得ることができました。
こうして私たちは、香川県の製麺所を再現することをコンセプトとし、うどんの「体験価値」を提供するチェーン店、丸亀製麺を2000年にオープンすることになりました。
多くのチェーン店が合理化や効率性を追求する中で、それとは相反する「手づくり」「できたて」「顧客創造」のために「体験価値=感動体験」を提供することを強みとして推進した結果、丸亀製麺は、3日に1店舗が誕生するという快進撃を繰り広げ、ついに2011年に全県展開を実現させました。両立が困難とされていた「1店1店の魅力を磨きながら、スケール(拡大)させる」ことを実証した瞬間でもあります。
この丸亀製麺の展開を見て、さまざまな外食大手がうどんチェーン店を出店参入してきましたが、徐々に減少し、丸亀製麺がレッドオーシャンに巻き込まれることはありませんでした。この圧倒的な優位性を守ってくれたのは、従業員一人ひとりでした。うどん店が乱立する中、強みである「手づくり」「できたて」を守ってくれた従業員には相当な苦労や努力があったと思います。そして、それは丸亀製麺の成長という実績に裏打ちされ、従業員の「成功体験」となったのではないでしょうか。
「できたて」にこだわり、手間暇かけていくことで、お客さまに心から喜んでいただける。真剣にお客さまと向き合うことでご贔屓いただき、お店が繁盛することを自ら経験していってくれました。毎日少しずつ「体験価値=感動体験」の提供を磨き、研ぎ澄ましていってくれた彼らが、トリドールグループの根幹を守る“城壁”になってくれたのだと、私は思っています。
事実、当時に「冷凍うどんにしませんか?」という従業員は、誰一人としておりませんでした。創業時代から必死で探していた圧倒的な差別化とは、「顧客創造」を最も重要な課題として捉えた「感動体験の追求」だったのです。
「感動体験の追求」というのは、私たちの“成長の源泉”です。少し刺々しい言い方かもしれませんが、私たちが闘っていく上での武器ともいえます。
丸亀製麺のブランドができあがってから入社された従業員の方たちには、この武器を持っているのが当たり前の姿に見えるかもしれません。
これは私の老婆心でもありますが、長い時間をかけて磨きあげてきたこの武器を「ちょっと工夫をしたら、お客さまが来る」という風に勘違いされないようにしていかなくてはなりません。今がそうなっているということではなく、私たちが大切にしてきた「感動体験の追求」を“マニュアル化”してはなりませんし、形骸化させてはいけません。
そのために、「感動体験の追求」の必要性を何度も語り、原体験を交えて正しく伝え続けていくことが、創業者である私の役割だと考えています。
創業の店である「トリドール三番館」は、焼き鳥店を3店舗ほど経営したいという、創業当時の私の目標というか「夢」を表現した名前でした。それ以来、私は「夢」や野望を仲間と共有し、その「夢」をアップデートしながら会社を成長させていきました。私は、企業の「計画」と「夢」は、それぞれ違う役割があると思っています。
「計画」は、今の実力から未来を推し測っていくもので、今日の動きを変えられるものではありません。一方、「夢」は、今の姿とは関係なく、“やりたいこと”や“なりたい姿”です。とんでもない「夢」を掲げると今を変えざるを得なくなります。つまり、自分たちが変わっていくことにリアリティが出てくるのです。最初は「そんなことができるのか?」とか、「できるわけがない」という意見も出てきますが、「どうすればできるのか」という議論を繰り返していくことで、変革が起きてくるのです。私にとって、「夢」や野望を共有することはとても重要なことなのです。
そして今の私の「夢」は、「日本発の世界的な飲食業を営む企業グループ」になることです。ビジョンでは、それを世界中で唯一無二の日本発グローバルフードカンパニーと表現しています。何を持って世界的なのかということさえも定義できていない状況ではありますが、他の産業では世界を牽引している日本企業はあるものの、未だ日本の会社から世界的な飲食業は存在していないと思っています。だから私は、グローバルフードカンパニーを目指しています。世界には日本の1970年代のような伸び代があるマーケットが多く存在していますので、十分に可能性があると思っています。この「夢」に賛同してくれた世界中の仲間たちとともに、実現に向かって邁進していきます。
世界を代表するグローバルフードカンパニーになるためには、サステナビリティの視点が不可欠です。この部分は、今よりも強い意識を持つ必要がありますし、現時点では課題であると認識しています。
ビジネスとは、ある意味企業のエゴでもあります。これまでは、そのままでも成り立っていた時代だったのかもしれませんが、今後は「社会と共生していく」ことが重要になってくると考えています。
特にこれからのビジネスを担う若い世代の価値観は、より社会との共生に強い関心を持っています。なぜなら、彼らにとっては地球の存続がリアリティな問題だからです。
私たちは、予測不能な成長によって「グローバルフードカンパニー」を目指していくとともに、未来に、社会との共生に配慮した企業グループを目指していきます。どうぞ、これからの当社グループにご期待ください。
株式会社トリドールホールディングス
代表取締役社長 兼 CEO