私が創業の頃から一貫して考えているのは、どうしたらお客様に来ていただけるか――その一点を考え続けて、これまで商売をしてきたように思います。そうしたなか、父親の出身地・香川県とは地縁があり、よく行く機会がありました。おりしも、讃岐うどんブームの頃。現地では、香川県外からも一杯の讃岐うどんを求め、製麺所に長蛇の列ができているのを見かけました。どうしてだろう? 当時私が経営していた焼鳥屋とは、何が違うのだろう? そう疑問に思いました。
その理由を知りたくて店内に入ると、そこでは、お客様の目の前でうどんを打ち、大きな羽釜で湯がく。そして、できたてを提供して、お客様もどこかうれしそうに麺をすすっている。そんな光景に、感動を覚えたものです。また、なるほど、私はおいしい料理を提供することに力を注いでいたけれど、お客様は調理のシーンそのものにも興味があるのか、と商売の極意を見いだした気がしました。そして、これこそが「食の感動体験」ではないかと思い至ったのです。
その後、立ち上げた「丸亀製麺」では麺をつくるところから、うどんになるまでのシーンをお客様の目の前で実演し、「できたて」を提供しています。もっとも、これはとても手間ひまがかかることです。しかし、お客様の目の前で「手づくり」「できたて」を提供することは、これからの飲食店の強みとなるはずです。人が人のためにつくり、提供する――そこには感動があり、わざわざその店に足を運ぶ価値が生まれるからです。
こうした「食の感動体験」をひとりでも多くのお客様に提供するために、これからも「人手」をかけていきたいと考えています。その一方で、この先は就業人口の減少などから「人手不足」の課題があり、私たちがやろうとしていることに矛盾を感じるかもしれません。ところが、実はこの矛盾を解消する方法があります。それが、DXなのです。
たとえば、業務システムでSaaSを利用すると、現場での店舗マネジメントの省力化につながります。これまで店長は、店舗のマネジメントに多くの時間を割かれ、本来優先すべきお客様と向き合う時間が限られていました。しかしSaaS導入後、空いた時間を使って、より密度の濃い「人のぬくもり」を感じられるような接客に充てることができるのです。すると、お客様にとっての「顧客体験」が高まり、私たちにとってもよいお客様と巡り合えるチャンスも増え、ひいては企業として大きく成長していけると考えています。
また、トリドールHDは現在、ひとつの業態ではなく多業態での展開を推し進めるとともに、国内のみならず、海外にも積極的に打って出ています。思い描いているのは、「真のグローバルフードカンパニー」となること。この目標を成し遂げていく過程で、会社の規模はどんどん大きくなっていくものだと思います。ということは、会社の仕組みそのものも成長に合わせていくことが必要で、ここでもDXは欠かせない手段です。
そこで、バックオフィスの定型業務ではBPOを活用しています。現在、前述のSaaSとBPOがうまく重なり合いながら、全社的なDXに取り組んできました。会社がこの先大きく成長しても、しっかりと適応していける手ごたえを感じています。
そして、もうひとつ、企業の果たすべきミッションとして、これまで以上に力を入れなくてはならないのは「持続可能な社会」の実現に向けた取り組みです。現在、企業や事業が目的とする利益の追求は、どちらかといえば、企業のエゴではなかったかという考え方から、企業の社会的責任、とりわけ「社会との共生」が求められていると私はとらえています。
たとえば、外食産業では「食材ロス」に大きな課題意識があります。ほかに、気候変動の課題解決に向けた「温室効果ガス」排出量の削減などは、言うまでもなく、業界を問わず社会全体で取り組むべきことです。こうした社会課題の解決に向けては、私たちの培った経験や知見だけでは及びませんから、新たなデジタル技術を活用、DXが力強くサポートしてくれるのではないかと思います。「社会との共生」を目指すうえでも、DXを取り入れ、今後ますます真摯に取り組んでいきたいと考えています。
株式会社トリドールホールディングス
代表取締役社長 兼 CEO
粟田 貴也
◇
――トリドールホールディングス(以下、トリドールHD)が掲げるコーポレートスローガンには「食の感動で、この星を満たせ。」とあります。トリドールHDが「感動体験」にこだわるのは、どうしてですか。
それは、トリドールHDの出発点であり、私が1985年に立ち上げた焼鳥居酒屋「トリドール三番館」の創業の頃に遡ります。当時から一貫して考えているのは、どうしたらお客様にきていただけるか、です。この一点を考え続けるとともに、過去には客足に伸び悩む経験もあるなかで、「従来と同じ方法でやっていてはいけない」「お客様に選んでもらえるような強力なインパクトで、差別化をしていかないといけない」という思いを常に抱いていました。そのヒントは、父親の出身地、香川県にありました。
おりしも、讃岐うどんブームの頃。香川県外からも一杯の讃岐うどんを求め、製麺所に長蛇の列ができていました。どうしてだろう? 当時私が経営していた焼鳥屋とは、何が違うのだろう? その理由を知りたくて店内に入ると、そこでは、お客様の目の前でうどんを打ち、大きな羽釜で湯がく。そして、できたてを提供して、お客様もどこかうれしそうに麺をすすっている。そんな光景に、感動を覚えたものです。また、なるほど、私はおいしい料理を提供することに力を注いでいたけれど、お客様は調理のシーンそのものにも興味があるのか、と商売の極意を見いだした気がしました。
そんな「原体験」がきっかけとなり、全国においしい讃岐うどんを広めたいと2000年にオープンしたのが「丸亀製麺」です。いまや、トリドールHDの主力ブランドとして成長しました。「丸亀製麺」では、製麺のシーンをお客様にしっかりと見せ、うどんができるまでの「しずる感」までもたっぷりと味わっていただける店づくりに力を入れてきました。また、トリドールHDが提供する食事は、「手づくり」「できたて」にこだわり続けています。
――「手づくり」「できたて」を目指して、どのような工夫をしているのでしょうか。
お客様の目の前で「手づくり」「できたて」を提供することは、とても手間暇がかかることです。人手も必要です。一般的に、チェーン展開を考えたら、できるだけ人手を減らして、効率化すべきなのかもしれません。しかし、「丸亀製麺をはじめとするトリドールのお店はおいしい」とお客様に感動してもらうことを最優先に考え、一見、非合理にも見えるこうしたこだわりを貫いています。同時に、それはトリドールHDの強みになっていると信じています。とくに今後、外食産業では、人が人のためにつくり、提供することは不可欠になるでしょう。なぜなら、そこには感動があり、わざわざその店に足を運ぶ価値が生まれるからです。
こうした「食の感動体験」をひとりでも多くのお客様に提供するために、これからも「人手」をかけていきたいと考えています。その一方で、この先は就業人口の減少などから「人手不足」の課題があります。ということは、私たちがやろうとしていることは、世の中の環境と相反しているのでしょうか。ところが、実はこの矛盾を解消する方法があります。それが、DXなのです。
具体的にトリドールが推進しているDXとしては、スタッフが利用する業務システムはSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)を、バックオフィスの定型業務はBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)をそれぞれ活用しています。
――どのようなねらいがあるのでしょうか。
ポイントは2つあります。1つ目は、今申し上げたように、各店舗のスタッフがお客様にぜひ提供したい「手づくり」「できたて」に集中するためです。たとえば、業務システムでSaaSを利用すると、現場での店舗マネジメントの省力化につながります。これまで店長は、店舗のマネジメントに多くの時間を割かれ、本来優先すべきお客様と向き合う時間が限られていました。しかし導入後は、空いた時間を使って、より密度の濃い「人のぬくもり」を感じられるような接客に充てることができるのです。
そうすると、お客様にとっての「顧客体験」が高まり、私たちにとってもよりお客様と巡り合えるチャンスも増え、ひいては企業として大きく成長していけると考えています。もっとも、こうした「手づくり」「できたて」「人のぬくもり」を感じられる店づくりは、いわば、本来の飲食店のあるべき姿。その姿を守り通すためにも、DXを徹底して進めていかなければならないのです。
――ポイントの2つ目は?
2つ目のポイントは、こうした「食の感動体験」を広めるために、出店を含めてスピーディーで効率的な事業展開をするために必要だからです。トリドールHDは現在、ひとつの業態ではなく多業態での展開を推し進めるとともに、国内のみならず、海外にも積極的に打って出ています。思い描いているのは、「真のグローバルフードカンパニー」となること。この目標を成し遂げていく過程で、会社の規模はどんどん大きくなっていくものだと思います。ということは、会社の仕組みそのものも成長に合わせていくことが必要で、ここでもDXは欠かせない手段です。
そこで、バックオフィスの定型業務ではBPOを活用しています。社外の専門企業の知見を借りることで、トリドールHDの業容が一気に増えようとも、それにともなう労務的な管理などの対応がしやすくなります。すでに、前述のSaaSとBPOがうまく重なり合いながら、全社的なDXに取り組んできました。会社がこの先大きく成長しても、しっかりと適応していける手ごたえを感じています。今後もその基盤をさらに盤石なものにしていきたいと考えています。
――もともとは国内市場に注力していたトリドールHDが、海外進出にも目を向けたきっかけは?
2011年、偶然訪れていたハワイでの出来事でした。このとき、通り沿いに面した空き物件を紹介されたことが始まりです。その場に足を踏み入れた私は、うどんの製麺から始まる実演シーンが通りからもしっかり見えるこの場所に「丸亀製麺」をオープンさせたら、うどんを知らない海外の方々も思わず立ち止まり、ご来店いただけるのではないか……そんな思いから出発して、初の海外出店へと一歩を踏み出したのです。「丸亀製麺」ワイキキ店、オープンの日。長蛇の列を見たときの感動は、忘れられません。また、その後のワイキキ店での成功がきっかけとなって、さらに海外でも挑戦していこう、と舵を切っていったのです。
――海外展開での戦略は?
「丸亀製麺」ワイキキ店の成功では、繁盛するお店の極意――お客様の目の前で「手づくり」「できたて」をつくって「感動体験」を提供することは、国を越えて通用する、そんな確信を持ちました。また、世界中には「感動体験」を提供する業態(ブランド)がたくさんあることに気づき、M&Aを通じてこうした業態の運営にも乗り出しています。
たとえば、2015年にトリドールにグループ入りしたアジアン・ファストフード「WOK TO WALK」。同社とともに歩みを進めることになったのは、私自身がスペイン・バルセロナで店の行列に並び、目の前で炎を上げながら中華鍋をふるって炒めてつくる「フライドヌードル」に魅了されたことがきっかけでした。現在、このような「感動体験」を体現する国内外の多様な業態は「ダイバースブランド」と位置づけ、事業の成長を支えてくれています。
一方、世界各地の地元の有力企業と組んで、複数業態を並行して海外での事業展開を加速させてきました。感動体験に共感した特別な知識とノウハウを持つ彼らを「バディ(仲間)」と呼んで、協力体制を築いています。海外進出から10年以上が経って、世界各地に拠点もでき、現地では秀逸なバディたちが指揮を執っています。そうした下地ができた今、理想としているのは、世界の各拠点から同時多発的に事業をスタートさせていくことです。
たとえば、ひとつの優れた業態があればひとつの国・地域だけで取り組むのではなく、世界のバディたちと共有しながら、同時にスタートを切っていくのです。そうしたら、トリドールHDの成長は一気に加速するでしょう。ようするに、日本のヘッドオフィスから世界を俯瞰し判断して事業展開を考えているだけでは、成長速度は上がりません。しかし、世界各地で同時にスタートすることで、展開の速度も規模も一気に、大きく膨らんでいくでしょう。
こうした戦略を通じて、トリドールHDは世界に通用する、「真のグローバルフードカンパニー」を目指しています。世界各地のバディたちと力をあわせたら、いまは想像もできないような未来が待っているのではないか――そう信じています。
――「食の感動で、この星を満たせ。」に込めた思いは?
コーポレートスローガン「食の感動で、この星を満たせ。」のなかで、あえて「この星」としているのには、理由があります。私たちトリドールHDは、他社と一線を画す「手間暇をかける」やり方に代表されるように、どこかちょっと異端児めいた感覚というか、まるで「異星人」が宇宙から地球を俯瞰するかのように事業に取り組んでいきたい――そんな思いを表しているのです。
こうした私たちの異端児めいた戦略を貫いていくうえでは、繰り返しになりますが、DXが不可欠です。DXがあってこそ、私たちは大きく羽ばたけるのです。
そして、もうひとつ、企業の果たすべきミッションとして、これまで以上に力を入れなくてはならないのは「持続可能な社会」の実現に向けた取り組みです。現在、企業や事業が目的とする利益の追求は、どちらかといえば、企業のエゴではなかったかという考え方から、企業の社会的責任、とりわけ「社会との共生」が求められていると私はとらえています。
たとえば、私たち外食産業では「食材ロス」に大きな課題意識があります。ほかに、気候変動の課題解決に向けた「温室効果ガス」排出量の削減などは、言うまでもなく、業界を問わず社会全体で取り組むべきことです。こうした社会課題の解決に向けては、私たちの培った経験や知見だけでは及びませんから、新たなデジタル技術を活用、DXが力強くサポートしてくれるのではないかと思います。「社会との共生」を目指すうえでも、DXを取り入れ、今後ますます真摯に取り組んでいきたいと考えています。